忍者ブログ
2008/09/05 00:00
[189] [188] [187] [186] [185] [184] [183] [182] [181] [180] [179]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 無事に終わりました。

    白昼夢

                   代理タガー

 ポトリ、ポトリ。上から食い物が落ちてくる。暖かな水の中で微睡んでいた俺を、強烈な食欲が襲う。なんだかよくわからないが、とりあえず落ちた何かに泳ぎ寄ってそいつで空腹を満たす。毎日、規則正しい時間にそいつは同じ数だけ落ちてくる。一日に三度、三粒の茶色い何か。

 よく見えないが、何かが俺に話しかけている。何を言っているのかはわからないが、とりあえず悪意はなさそうだ。少し不安になるが、しばらくすれば俺から離れどこかへ消えていく。

 俺はいつからこうしているのだろう。いつだったか、どこまでいけるのかこの世界をうろついてみたことがある。上へ行っても、下へ行っても。すぐに世界の果てにたどりついて、しかも俺の他には誰もいない。俺は自分の身体を見たことがない。見えないのだ。だから俺は誰なのだろう。少なくともさっきの何かとは違う。俺は誰なのだろう。

 たまに、俺はさっきの何かに持ち上げられ、さらに狭い世界へ閉じ込められる。それはいつも俺の世界が息苦しくなってきたときで、また俺の世界に帰るとやけに整頓されていて気分が悪い。あとにしとこうと思ってとっておいた食い物も跡形ない。

 毎日をただ生きている気がする。食うものを食って、出すものを出して。俺はどこへ行くのだろう。そんなことを考えてみるが、大抵いつもすぐに睡魔か食欲に襲われて忘れてしまう。そうでなかったときも、答えは見えてこない。

 

 まわりが突然明るくなって、俺は目を覚ます。いつもと同じように感じたが、今日はすこし違っていた。そのすぐあとに、俺の世界が大きく揺れた。その揺れは俺を大きく飛ばし、強い衝撃を感じて俺は意識を失った。

 気づいたとき、俺のまわりにはいつもと違う世界が広がっていた。よくわからないが、どうやら全てが逆さらしい。と、言うより俺がひっくりかえっているのか。どうにも居心地が悪いので起き上がろうとするが、どうもうまくいかない。どうしたものか。どうしようか。悪あがきをしているうちに、見慣れない何かが向うに見えた。

 何かがいた。だが、全く動こうとはしていなかった。いつも俺に話しかけてくるあいつに似ている気がした。だが、あいつより少し小柄なそれはずっと止まったままだった。何かを感じて、もっと近づいてみたくなった。でも、やっぱりそこから動けなくて。俺はやがて悪あがきをするのに飽きて、逆さになったまま眠りについた。

 夢の中で、何かに運ばれていた。その揺れで目を覚ますと、あいつが俺を持ち上げて、何かを見せていた。そこにはさっき遠くから見えたものがあった。あいつにやっぱり似ていた。生きているらしいが、全く動かない。眠っているのかもしれないが、それとは少し違う気がした。相変わらずあいつは何かを喋っているようだが、俺に話しかけているわけではなさそうだ。それに、なんだか悲しいことを話しているような気がする。よくわからないが。よくわからないけど。

 

   *

 

 そんなことがあった日からまたしばらく。いつしか、俺はあいつが何を言っているのかがなんとなく……わかるようになっていた。あいつは朝からボーッと何かを眺め、ひたすら何かについて話している。誰かに話しかけているのではなく、ひたすら口を動かしているだけのようにも見えた。俺に食い物を規則正しく与えていたのもあいつだったようだ。

 自分の食事を終えると、いつものように俺に食事を与える。いつも思っているのだが、若干量が足りない。まあ、ろくに運動もしていないし、第一できるほど俺の世界は広くないから、そういった面からの配慮なのだろう。

 俺が岩場に登って、背中を乾かし始めるころ。あいつは決まってどこかへ消える。しばらくして戻ってくると、俺に話しかけつつ明るいうちから突然上機嫌になる。口調が明るくなり、話が止まらなくなる。どうやら世間がどうだ、とかなんとか、とりあえずなんだかよくわからないことをひたすら話している。あいつの声とは別に、違う方向から声が聞こえている。どうやらその方に向けて話しているようなのだが、その方向には生き物の気配を感じない。独り言なのだろうか。そうだとしたらあまりに寂しいだろう。

 

 あたりが暗くなる。ある程度まで暗くなると、再び世界は明るくなる。ただ、それまでと違ってその光に熱を感じない。冷たい光と言えばいいのだろうか。その光の中で、いつものようにあいつは一日の最後の食事を始める。最近はその匂いを感じられるようになってきたのだが、毎度同じ匂いのような気がする。毎日同じものを食べて嫌にならないのだろうか。俺は嫌だ。正直、そろそろ違うものに変えてほしい。脂っこいんだよ、アレ。仕方ないから食べているけど。決して好きなわけじゃない。

 俺も食事を終え、ウトウトし始めるころ。あいつはいつものように同じことを話しだす。それはとても悲しい話のようだった。ずいぶん前に、『ジコ』があったらしい。それがあいつのせいなのか、他のだれかのせいなのかは知らないが。ただ、毎度。ひたすら自分を責めているようだ。

あいつは無傷だったそうだけど、隣にいた誰かはもういなくなって。……あそこでずっと眠りこけているのが、その後ろにいたらしい。それから目を覚まさないんだそうだ。そうなってからもう、三度は暑いのと寒いのを繰り返したらしい。

それからずっとあいつだけで俺とあっちの何かの世話を続けているらしい。なんだかところどころよくわからないが、とにかくそんな感じらしい。まあ、ただ生きている俺にはそんなこと全く興味の無い話だが。

 そして、突然あたりが暗くなる。それはいつもあいつがどこかへ消えてすぐのことで。それを俺は感じると、自然と眠りに落ちる。そして、明るくなったことに気付いて目を覚ます。

 

   *

 

 全てがいつもどおりだった。そのはずだった。だが俺は、今日は何かの夢を見た。その夢の中で、俺はさっきのあいつと話をしていた。俺の身体はいつもとは違って、段違いに大きかった。どこへでも行けるような大きさだった。俺とあいつの他にも何か……誰かいて、俺を挟んでどこかを歩いていた。すごく楽しくて、嬉しかったような気がする。随分見かけないあの人は、いったい何者なのだろう。よく知っている、はずなのに。

 ハッと目を覚ます。仮に俺が夢の中での姿なら、きっとナミダを流すだろう。でもそのナミダは液体だから、俺の世界では目立たない。わからないから、きっとあいつも気づかない。首を伸ばしてあたりを見回す。やっぱり誰もいなかった。

 

 また暖かい光から、冷たい光に移行する。その光の下で、あいつはまた同じ話を始める。聞きあきたその話の内容も、よく理解できるようになってきた。あいつはまたあの平べったい板に向かって話しかける。いつもと同じように、いつもと同じ、自らを悔いる言葉を。聞いている俺が苦しくなるほど、何度も何度も。ただ同じ言葉を。

 毎晩一人で嘆いている、その姿がひどく辛く見えて。俺は何かを伝えたかった。でも俺は声を出せなくて。ただ眺めることしかできなかった。俺は何を伝えたかったのだろう。何を。

 

   *

 

 暖かい日だった。俺は朝から外に出された。俺は初めて、いつも感じている暖かい光の源を目にした。眩しい。目がくらむ。だが、不思議とその姿に惹かれた。あれの下にいられる限り、せめて今日一日を楽しく生きていられるんじゃないか。そんな気がして。あいつは一通り俺の世界を整頓し終えると、俺を中に戻す。もう少しだけ。名残惜しさを感じながら、俺は元の位置へなおる。

 今日は、どこへか向かうようだ。つきあいの短い俺が見てもわかるくらいに、あいつは細くなっていた。だのに、どこにそんな力が残っていたのか。眠ったままのあいつを抱えて何かに乗せると、初めて見るさらに大きな箱の中に、入れた。さらに俺を世界ごとそいつに突っ込むと、あいつはやや上機嫌で俺の前に背中を見せて座った。

 ものの数秒、絶え間ない振動とともに大きな箱は動きだした。大きく揺れて、俺は何度も世界の果てに頭をぶつける。頭をぶつけているのは俺だけではない。あいつの隣に座るあれも、何度もゴツゴツやっている。

 どうやらこの箱はあいつが動かしているようだが、その仕組みは全くわからない。それに、あいつの眼がいつもと違った。喜んでいるような、悲しんでいるような。ただ、とても優しい顔をしていた。初めて見せる、顔だった。

 

 あいつはずっと同じ方向を見つめたまま、同じことを繰り返す。初めて、あれから会いに行くと。そう言えば、俺の隣には大量の色とりどりの何かが置いてある。それはどれも甘い香りがして、暖かい光に似ていた。今日は大きく二つに分けてあるそれを、二つの場所に置きに行くらしい。

 考えてみれば、こんなに暖かい光の下にいるのは初めてかもしれない。俺がいつからいるのかは覚えていないが、ずいぶんと長い時間はそうだったと思う。長い間、ずっと。

 次第に揺れも落ち着いてきた。そういえば、この箱の周りも随分と静かになった。やけに周りは緑色で、まるでずっとずっと広い世界に、俺たちしかいないような。このまま世界の果てまで行けるんじゃないか。このまま走っていられれば。

 そこで突然、大きな揺れを感じる。今朝外から見たこの箱と、よく似た何かが迫っていた。それに気付いたときにはもう目の前で、やけに時間がゆっくり感じられた。逃げなければならない。俺の本能はそう告げた。それでも、俺は最後まであいつを眺めていた。大きな何かがあいつにぶつかる前に、あいつはこっちに振り向いた。隣を見たのか、俺を見たのか。ただ、間違いなく……笑っていた。思い出した、あいつは俺の

 

   *

 

 一面の白い壁。やけに風通しがよくて、気温は高いのにすこし寒く感じた。だだ広い部屋に他の人の気配はしなかった。

 その代わりに全身をつつむ倦怠感。起き上がってあたりを見回したいのに、起きあがる力も湧かない。ぼんやりと痛みを感じた腕に目をやると、そこから何かの管が生えていた。

 ――コンコン

 右から音がする。と、同時に何人か入ってくる。白衣を着た利口そうな人は、ただ奇跡だったと言葉を紡ぐ。俺はそんなことはどうでもよかった。ここはどこだ。病院か。眼を見開いているはずなのに、何も聞こえてこない。全ての音が何かに遮られているようで、まるで頭に入ってこない。相変わらず誰かと誰かは奇跡と呟いて、誰かは隣で泣いていた。その中に俺の知る人はいない気がする。

 ――そうか、俺は目を覚ましたのか。ならば、俺はいつから寝ていた。全身に浴びる言葉を音楽に、俺は自分の記憶を呼び起こす。そう、その直前までとても何かにワクワクしていた。初めての両親との旅行か何かで、出かけていたのか。賑やかな空間で、不意に父さんが振り向いて俺に何か冗談を呟いた後。すごい音と振動があって、父さんが何か俺に叫んで、母さんから何かが俺に降りかかって……。

 そして、俺を急に悪寒がつつむ。

「父さんと、……母さんは」

 奇跡が、止まった。俺の父さんは白い小さな箱の中に。母さんの写真の隣に寄り添っていた。

優しく笑う二人の隣には、少し大きめの水槽が一つ。中に入った亀がこちらを見ていた。そういえば、俺の身体が記憶に比べて少し大きい。ならばあの亀は夏祭りのミドリガメか。

ようやく涙が溢れてきた。今の涙は、誰もが気付いてくれるだろう。俺は白衣の人にかすれた声でささやく。

「彼に三粒、食事を与えてください」

 

 食事の後でいい、名もなきミドリガメ。話しておくれ、俺が寝ていた間のことを。君の眼を通して見た君の世界を。今なら君の、言葉が聞こえる。そんな気がする。
PR

コメント


コメントフォーム
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード
  Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字


トラックバック
この記事にトラックバックする:


忍者ブログ [PR]
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
[05/17 Backlinks]
[02/23 tiger]
[02/22 み]
[04/20 tiger]
[04/20 みや]
最新記事
(02/13)
(05/18)
(05/17)
(03/20)
(02/10)
最新TB
プロフィール
HN:
CHACHA
年齢:
44
性別:
男性
誕生日:
1980/01/01
職業:
求職中
趣味:
ビリヤード
自己紹介:
 とある土地で生まれてからずっと暮らしている理系のくせにネットが苦手なニート。たぶん、理解力云々よりも根本的に興味関心が薄いせいなんだと思うんだ….
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(09/05)
(09/06)
(09/06)
(09/08)
(09/09)
アクセス解析