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2008/09/05 00:00
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 二月の末に書いたのをひっぱり出してきました。
お暇なかたはぜひ。

   独り相撲

                代理タガー

 時計の針が始点で一つに重なる。また一日が始まったらしい。今日はどんな日になるのだろう。真夜中、窓の外を眺めればそこには雲一つ無い星空。これで街灯が無ければ最高の天体観測ができるだろう。俺は布団に入る前に日課の日記を取り出す。五年前から習慣にしている日記だが、ここ最近書くことがあまりに単調になっている。どこかで誰かが言っていた。『あなたが空しく生きた今日は、昨日死んでいった者が、あれほど生きたいと願った明日。』俺は果たして、充実した『今日』を何度過ごしたことがあるのだろう。そんなことをふと思い出し、ダラダラと日記に綴る。

「なんだよ今日はネタがあるじゃないか」

 使い古した万年筆は久し振りにご機嫌らしい。ご褒美に後でインクを換えてやろう。流れて走る彼とは対照的にその文章はなんだか陰気。今日も昼まで寝てしまった。また掃除をしなかった。大したことない失敗を、いくつもいくつも並べる楽しい姿はどれほど滑稽に写るのだろう。窓ガラスの中の俺と目が合い思わず苦笑、そして溜息、とどめの口癖。

「なにやってんだか」

 明るい口調のくせになんだか楽しげなのは、俺自身を笑っているのか本当に楽しんでいるのか。コイツと日記を買った当時は朝何を食べたから始まって記憶の限りを刻んでいた。いつか大人になってふと昔を思い出したくなったとき、その手助けになれるようなものにしたいなんて思ってた。毎日二枚使っていたのに一枚、半分と減っていき今では日付に一行加えて終わり。続いているだけ良しとするべきなのだろうか。まぁ、だからこその現状の喜び。日頃うまく言い表せなかった気持ちが次々と紙の上に残る。まるで気持ちを手が勝手に代弁してくれてるみたいな不思議な感覚。

「日記に質問すれば答えてくれんじゃね?」

 何を言っているんだ俺は。また笑う。今度は理由もわかる。だがしかしどうやら俺は少し乗り気らしい。脳が何を訊こうか相談している。深層心理ってヤツもこうやってわかるといいのにな。何を訊こう。ここでようやく筆が止まる。コイツも疲れてきたらしく休ませるために蓋をする。

 

   *

 

 しかし思い浮かばない。気づけばもう一時間経っている。だんだん眠くなってきたのは日記には内緒だ。ばれたらきっと答えてくれない。どうする、俺。

「とりあえず何か書いてみよう」

 言ってしまった。何がいいだろう。でもやっぱり浮かばない。どうするんだ、言ったからには勢いでやってしまわないとこの機会を逃してしまう。動け、さっきはあんなにご機嫌だったじゃないか。さぁ、さぁ。……お?

『今の俺の気分はどうだ?』

――悪くないんじゃないか。なんかホッとしてる。

『長い夜になりそうだな』

――それはお前次第だろう、眠いのはバレバレだ。

『そいつは困った。まぁ、できるだけつきあってくれよ』

――仕方ないな。まぁ、いいだろう。さぁ次はなんだ?

 いい調子だ。眠いのはバレていたがどうやら日記も久々にご機嫌だそうだしこのまま続けてくれるそうだ。なんだか本当に日記と会話している気分になってきた。そういや映画や小説だとここから未来の話がでてきてホラーになったりするもんだが、今この場合どうだろう。

――しかしこれだけ長いのは久しぶりだな。どういう風のふきまわしだ?

『今日はたまたまネタがあったんだよ。さっき書いただろ』

――嘘つけ。本当は眠りたくないだけだろ?

『くっ…! これもバレバレか。…まぁ話をきいてくれるかい』

――ああ。さっき言ったからな。

『ありがとよ。実は今日、仲のよかったMに会ったんだ』

――ほう。

『でさ、数年ぶりにあったから俺はすぐに気付いたんだけど、むこうはなかなかすぐに気付いてくれなくて』

――で?

『声をかけてみて、少しは話もしたんだけど全然続かなくて沈黙が多かった。で、お互い時間もなかったしすぐに別れたんだ。』

――ふーん……で、それが何か?

『え、いや何って言われるとその……うん……』

――煮え切らないな、ハッキリ言えばいいだろう

『まぁ、友達の彼女だったんだ』

――へー……だから「よかった」なのか。

『うん。それでさ、ちょうどその時期、俺もそいつのことが好きだったんだ。でも、彼女には大事な幼馴染がいて。ああ、その幼馴染ってのが俺の友達のIね。ヤツとは今も友達だよ』

――ほぅ……で、そこから愛憎ドロドロの昼ドラ三角形になったと。

『違うわ』

――ジョークだよ。怒るなって。

 ちょっといらついた俺は彼を寝かせて頭を冷やさせる。ん、冷やさせる? ただの万年筆をどうやって。ああ、そういや今は冬真盛り。だからこその澄んだ夜空。放っておけばいい。仮にもご主人さまとの会話なんだからもう少し口には気をつけるようにさせないとな。

 まだしばらく続きそうな気がした俺はコーヒーを煎れて一服。そういやこのコーヒーメーカーも万年筆と同い年だったか。まぁコイツとは話をできそうにないが。話を。話?

 

      *

 

 二十分ほど経ったころ、俺は再び彼との会話を始めた。今度は彼から話を始めてきた。

――俺が悪かったよ、寒いからとりあえず暖めてくれ。

『わかりゃいいのよ。ほれ、これでいいか』

――助かるよ。さて、話を戻そうか。それで、その女とは何がどうだったのさ。

『まぁ……とりあえず時間が経ってIが一足先に社会人になったんだ。それでもうまく時間を作って仲良くやってたんだけど……突然Iの海外への転勤が決まってさ』

――ふーん……それで二人は別れたのか?

『そうなんだ。続けられるワケないって』

――で、それから女と何かあったんだな。

『構わず訊いてくるなオマエは。少しは遠慮したらどうだ?

――貴重な経験をしているのはお互い様だ。いいじゃないか。ほら、続き続き。

『……ま、それで俺にも恋心なんてものはずっと残ってたからな。やっぱり本心じゃない決断をしたからだろうけど、Mはだいぶまいっててさ。しょっちゅう電話かけてきて。で、一緒に飯食って、話をきいてあげて、励ました。最初はそれでも嬉しかった。必要とされてることが。でもやっぱわかっててさ、Iの代用品だってこと。だんだんその気持ちが強くなって。で、俺も疲れてきたときに……言っちゃったんだ、本心を』

――バカだな。折角の念願の好機を。

『そういう言い方はよしてくれ。少なくともそんな流れでの関係は望んでなかったし、ずっと秘めたまま消し去るつもりだったんだ』

――(無言)

『それで、そしたらMは泣き出してしまって。俺はどうすることもできなくて、その場を逃げ出してそのあとはそれっきり何もなかった。だから今日……いや昨日の再会はそのとき以来だった』

――そうか。そういやIはどうなったんだ?

『アイツは律義にずっとMのことを想っててさ、向こうで新しい恋人をつくることもなくて。まぁ……それでさ、また突然なんだが日本に帰ってくることになったらしいんだ。実際来週会う約束もあるんだ。5年ぶりの再会って随分と楽しみみたいだよ』

――そのことはMには伝えたのか?

『それがさ、実はIから伝えてくれって頼まれてたんだけど、どうしようか昨日の朝からずっと悩んでて。それで気晴らしに出かけたら出くわしたって次第で。そこまで頭は回らなかったよ』

――ヘタレだな。どうするんだよ。

『な……。頼まれた以上は伝えるつもりだけど、連絡先がな』

――わからないのか?

『わかるかどうかは……変わってなければ。5年前と』

――他に方法はないのか?

『ないこともないが、随分と遠回りをすることになりそうだ』

――じゃあとりあえずそこに連絡してみて、ダメだったら他をあたってみようや。

『そうだな……』

――なんだ、話ってのはこれで終わりか?

『え、ああそうだけど』

――なんだよ放置されてた時間のほうが長いぞ。

『そうだったか、すまない』

――ま……いいか。楽しかったよ。

『俺も。じゃあまた』

 

 また?

 

――ああ、また。

 

 俺は彼を机に寝かせ、日記帳を閉じた。ふと我に返る。……ん? 俺は何をやってたんだ? 考えなおせば考えなおすほど気味の悪い状況を思い出しますます目は冴えていく。だが不思議と不安にはならない。なぜだ。確かに感じるそこにさっきまであった一つの人格。人格? ……ま、まぁいいか。いいことにしよう。いいことにするんだ俺。とっさにコーヒーメーカーにふりかえる。今夜も健気にポタポタせっせとコーヒーを煎れ続けていた。

 

     *

 

翌朝、一通り朝のことを終えた俺は万年筆を引き出しに戻し、日記帳も棚へ戻した。そして電話の受話器をとり、ダイヤルを回す。何度もかけた連絡先を。その連絡先は体が覚えていた。どうやら繋がったようだ。体が震える。てか本人のものかはまだわからないんだがいいんだろうか。それにかけているのは自宅だ。仮に変わってなかったとして、親が出たらどうする。俺をなんて説明する? そんな俺の中学生みたいな思考を置き去りに呼び出し音が鳴る。rrr……rrr……

 

     *

 

 よく晴れた六月のある土曜日。こんなにも太陽が元気だとこっちの力を吸われるような錯覚に陥る。俺はダメ人間。そろそろ時間らしく、小さな教会の階段をヤツらが歩いて下りてくる。

 結局あのあと連絡は繋がり、まぁもろもろあったワケだが無事にくっつきやがって今日に至る。やけに幸せそうな顔をしやがって、ジューンブライドだと? この野郎。俺は手持ちの米を持てるだけ握りしめ、そいつをIの顔めがけて思い切り投げつける。だけどそいつはIの頭をかすめ、向こうのオバサンにクリーンヒット。俺には何も見えないぜ?

階段を下りて車に乗り込む二人。あの格好のままどこへ向かうというのか。しょうもない疑問で頭を満たして俺は車を見送る。車も小さくなったころ、俺は駅へと歩き出す。向かうは二次会の会場、某居酒屋チェーン店。これでも一応、俺は愛のキューピッド、実はこの後司会者なんて大役を預かっているのですよ。

じりじり体を焼く太陽に耐えかねて、俺は思わず日陰に逃げ込む。ぬるいジュースで一息ついて、太陽のいない空を仰ぐ。火照った体は徐々に冷めていく。

ジュースを空にしたところで、俺はまた歩き出す。胸ポケットの万年筆の笑い声が聞こえた気がした。

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 とある土地で生まれてからずっと暮らしている理系のくせにネットが苦手なニート。たぶん、理解力云々よりも根本的に興味関心が薄いせいなんだと思うんだ….
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