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2008/09/05 00:00
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  ひっさびさに小説の更新。
これをやんなきゃわざわざブログを動かしてる意味ないわなーw
今回は10,931文字。出来は…うーん…;;
どうなんでしょう。感想待ちだな。なたるからはイマイチな評価だったがw

   偶然なんかじゃない

                       代理タガー

 鐘が鳴る。スピーカーから流れ出た電子音は、喧騒に紛れて消えてゆく。今日もいつものように。放課後が始まる。

 いつからだったかは覚えていない。ただ、二学期の途中から続けているような、そんな気がする。まだ引退していないラグビー部の連中を見送りつつ、勉強を続けるクラスに分かれを告げて俺はいつもの場所へ向かう。渡り廊下を進み、階段を上り。人気のない廊下の奥の、白けた扉。その冷たい扉を引くと、小さな階段教室が姿を現す。ここが俺だけのいつもの場所。その名も物理講義室。ボロっちいのは愛嬌だということで。

 部屋の中は冷え切っていて、わずかに校舎の外からの音が響く。放課後の講義室なんて誰も来るはずもなく、人で溢れる図書室や教室と違って黙々と一人でやれる場所。クラスにそのままいて友達と仲良く相談しつつやるのもいいかもしれないが。

 そりゃあ、一人でいるのはもちろん寂しいけど、あえていつもここに来る。それは周りに人がいない方が集中してはかどる俺の性格によるもので。だから一人ぼっちを望んでやせ我慢。そんな十八歳の秋、受験生な俺。気付けば高校生活もあと半年もない。最近、カーディガンを着ないとさすがにキツくなってきた。学ランだけじゃ、この寒さはちとこたえる。

手を擦り合わせながら、教卓脇のストーブに火をつける。人気のなくなった講義室が温まるには少し時間がかかる。少しはマシな室温になるまで、席に座りぼんやりと無地の黒板を眺める。冷えた空気のせいなのか、校庭からの声がよく聞こえる気がする。二年半走り回ったグラウンド。そういや放課後になると部活動がいつも待っていた。グダグダ言いながら部室の方へ向かっていた気がする。暑いだの、ダルいだの。不平不満を並べ立て。真夏でも二枚の靴下を履いて。真冬でも硬い球を打って。根っこにあてて両手を痺れさせたっけ。暗くなるまで走り回って、暗くなってからも筋トレして。グラウンド整備が終わるころには九時を回ってて。真っ暗な中自転車をこいで……家に着いたらすぐ寝て、また早朝から朝練で……。

 

暑い。蜃気楼だかなんだか知らないが。地面が揺らぐ。汗が止まらない。ベンチからの景色は、とてもいいものとは思えなかった。お世辞にも、精一杯やってきたとは言えないだろう。結局は学業を優先させていたのかもしれない。なんで高校まで続けてきたのか今はもうわからない。正直、やらされていた側面もあった。でも、そうは言ったって。曲がりなりにも十二年も続けてきた。それがもうすぐ終わりそうだっていうんだ。さすがに辛い。涙を堪えるのも限界を迎えていた。ずっと鍛えてきただけに身体はそれなりだった。ただ、努力も能力もあまりに未熟だった。そんな半端なヤツにはベンチを温めるのが丁度いいだろう。試合も佳境を迎えたころ、俺は十二年分の後悔をまとめて抱えて立っていた。

そんなとき、不意に。監督が俺にバットを振れと言いだした。弱小校にありがちなことだが、これが所謂『思い出作り』というやつだ。三年生を全員試合に出してやろうと。それはつまり、完全に試合を捨てるということ。決して誰も、それを口に出さない。代わりに、代打で打席に立つヤツに、みんなは。打ってこい、試合の流れを変えてこいと声をかける。そんなことありっこないってわかっているのに。それでも。

ツーアウト。ランナーなし。俺の番が巡ってきた。スタンドから、誰かの声が響く。少しながら、俺の身体が震えているのは気のせいじゃないだろう。はらした眼はみんなと同じ。アウトになって帰ってきたヤツは言う。打ってきてくれと。無論、俺で終わるわけにはいかない。俺の後にはまだ二人。出てないヤツが残っている。また声が聞こえる。応援席から、誰かの声が。それに応えるように、肩を回す。

 

ガラッ。

不意に開いた扉から、誰かが。反射的に飛び起きる。

「……あれ、ごめん、邪魔したかな」

 誰かと思って振り向けば、戸口に見覚えのある女子生徒が立っていた。何も邪魔された覚えはないので。

「いや……別に……」

 ひとまずそう答える。と、同時に袖がひんやりと濡れているのを感じた。そうか、俺はいつしか泣いていたらしい。

「そ、っか……あー、吉井先生知らない? 」

 あえて触れずに、彼女は続ける。

「いや。隣の準備室にいないならちょっとわからんね」

 だから俺も、そのまま。

「ん、ありがと。じゃあまた」

 そう言って、彼女は扉を閉めて去っていった。いつしか講義室も、すっかり暖かくなっていた。

 

   *

 

 時計も六時もまわったころ。吉井先生が現れて、俺の勉強時間も終わりとなる。たぶんこれは、日常になっている。今日は特に質問もないので早々に帰り仕度を終えて、お礼を残し講義室を後にする。明かりが消え、寂しい校舎から帰路へ向かう。どうも寒いと思ったら、息が白く見えていた。鞄から手袋を取り出し、愛しの愛車を取りに向かう。つもりだった。……雨。

「マジかよ……」

 さてどうする。どうやらついさっきから降り出したらしい。そんなことを朝のお天気お姉さんは言ってなかった。これだから……。なんて、文句を言っていても雨は止まない。はてさてどうしようか。吉井先生に駅まで乗せてもらおうか。それとも駅まで駆けていくか。でも濡れて後で冷えるのはな……御免こうむりたい。思案を巡らし、五分、十分、二十分。受験生の貴重な時間は過ぎてゆく。雨は止むとは思えない。どうしたものか、今日の俺の帰り道。

 そんなとき。俺の頭に何かが被さった。

「どうしたのさ、こんなトコで」

 さっきも夢を中断させた彼女が、俺の後ろに立っていた。手持ちの傘で俺の眼を覆いながら。

「どうしたってそりゃ、見てのとおり傘がないのさ」

 顔は見えないけど、とりあえずそんな身振りをしてみる。

「あららー。生憎、私の傘じゃ男の子は入れらないのよ」

「いや、別にまだ何も言ってないけど……」

 なんかすげえこの人。本当に残念なのかそうでないのか。その声からは判別がつかなかったけど。ほぼ初対面だってのに。

「じゃあ代わりに、いいものを貸してあげよう。ではまた」

 得意げな声の後に、俺の横に何かが落ちた。と、同時に視界が開ける。最初に映ったのは、特撮のヒーローのように去ってゆく彼女の背中。その次に見えたのは小さな折りたたみ傘。それはとてもシンプルな黒で。とりあえず広げてみて、立ち上がる。このお礼は明日でいいだろう。

 

  *

 

 昨日の雨が嘘のような快晴の空。雲一つない青空ってのはどうしてこう人を元気にするのだろう。自分が一人の生物だって強く感じる瞬間でもある。通いなれた道を颯爽と走りぬけ、軽やかに自転車から降り立ち愛車をお決まりの場所に止める。校舎裏の自転車置き場、今日も一台分だけ空いている。校庭では朝練を終えた後輩たちが部室へ向かってゆく。昨日は息も白く見えたのに。今日は軽く汗ばむ陽気なようだ。

 もう授業なんてのも受験対策というやつに変わっている。本来は指導要領に沿って進めるべきなのだろう。まあ、進学校にありがちなことなのかもしれないが。今日もお決まりの国語教師が、熱意を持って教鞭をふるう。だが皮肉にも、配られたプリントの文字の羅列は俺の意識を遠くへいざなう。

 またあの声が、何度も俺の名を呼んでいた。その声に背中を押されるように、俺は打席へ向かう。構えて投手を睨みつけるころには、余計な力は抜けていた。やってきた全てを出そう、わずかなものでも。頭をフル回転させ、肩の力を抜く。歓声が小さくなる。定番の応援歌もどこか遠くへ霞んでいく。今この世界にいるのは、ただ二人。

 ストライク、ボール、ファール。カウントは進んでゆく。さすがに終盤となると、初回より少しは打てそうに見えてくる。試合前から声を張り続け、痛んだ喉で自分に喝を入れなおす。バットの握りを確かめる。さっきは当たった。次は、飛ばす。前へ、遠くへ。投手はその腕を振りぬく。ゆっくりと感じられた世界の中で、俺は全力でバットを振る。

 当たった。手ごたえがある。強く鋭い打球は三遊間へ走る。そして歓声があがる、はずだった。スタンドでかすかな溜息がもれる。遊撃手は打球が届くより先に、三塁手の後ろへまわりこんでいた。俺は走る。走る。最後まで諦めてはいけない。やけに遠く見える一塁。走馬灯というのを感じていた。土まみれになって、四角い安全地帯へ頭から飛び込む。数秒の空白。

 

「アウト」

 一塁審は右手を上げ、声高らかに告げた。それと同時に相手校の選手たちが元気よく本塁へ駆けてゆく。俺も静かに立ち上がり、本塁へ向かう。ベンチからはゆっくりと仲間たちが歩きだしていた。俺はみんなを直視できなかった。何か言いたいはずなのに。この身体は嗚咽を出すことしかできなかった。二列の球児に挟まれた球審は、試合終了を宣言する。そして、試合場のスピーカーから相手校の校歌が流れ始める。

この夏までの数か月、毎日練習後に校歌を歌っていた。試合に勝った、そのときに。一列に並んで、大きな声で、歌えるように。この夏に、擦りきれたテープは流れない。涙がドッと溢れる。止まらない。止まりそうにない。歌が終わると同時に、勝者は応援席へ走りだす。手を挙げ、帽子を振り、歓声の中へ飛び込んでゆく。その姿から逃げるように、俺たちは最後の挨拶をしに歩き出す。動けず崩れるヤツもいた。深く頭を下げ、そこで意識は暗転した。そのあとのことはもう……よく覚えていない。

 不意に肩を叩かれた。無防備な身体は痙攣を起こす。

「この時期の授業で堂々と寝るとは大した余裕だな」

 笑顔の吉井先生に起こされる。どうやら授業をまたいで寝ていたらしい。教室内に笑いが起きる。誰か起こしてくれたっていいじゃないのさ。軽く伸びをして、黒板に向き合う。授業をまたいで眠っていた身体はあちこち音をたてて鳴る。偉大なニュートン先生の功績に向き合う時間が始まった。

 

   *

 

 お気に入りの音楽を流しながら、今日も鉛筆を走らせる。雑音のない世界で、物理の世界に溺れる。今日も講義室は俺だけの空間。やけにはかどるのは気のせいじゃなさそうだ。あんなに厚かったプリントも、半分をとうに過ぎていた。それを確認すると、少しのけだるさが俺を包んだ。ふと時計に目をやると、一時間半ほど経っていた。疲れを感じたのも無理はないだろう。息抜きにイヤホンを外し、立ち上がって伸びをする。

「あれ、一息ついたのかな?」

 背中から気の抜けた声がする。

「ああ、とりあえず予備校の予習が終わって……っていつからそこに」

 反射的に反応したが、突然現れた気配をまずは確認する。振り向いた視線の先には、俺と同じく勉強道具を広げた女生徒が一人。彼女は俺の驚きに全く気付いていないのか、それともただ無視しているのか。そのまま続ける。

「ここにくればいると思ったんだ。昨日は濡れずに帰れた?」

 ひとまずそこには触れずに、話を続けることにする。

「おかげさまで。これ、ありがとう」

 まずはカバンから傘を取り出し、彼女に手渡す。

「どういたしまして。困ったときはお互い様なのです」

「うん。てか、あんたどうしてずっとここに?俺を探していたのなら、すぐに声をかけてくれればよかったのに」

 ここぞと、首や腰をゴキゴキと鳴らしながら訊いてみる。

「いやー、すっごいよく集中していたからさ。邪魔するのもなんだか気が引けたんだよねー。ま、前から君がここで勉強してんの知ってたし。だったら待つついでにあたしも勉強しようかなーなんて。うん、結構いいね、ここ。静かで」

 そう言って彼女は講義室を改めて見回す。

「ああ、そっか……悪いね、すぐ気付かなくて。傘もすぐに返しに行こうと思っていたんだけど。どこのクラスかわからなくてさ。困ってたんだ、助かったよ」

 あえて俺の世界には触れない。

「いいえー。……でさ、ものは相談なんだけど。しばらく勉強してっていいかな、ここで。なんだか気に入っちゃって」

「え」

 唐突な提案。ちょっと待ってくれ、ここは数か月俺が居座り続けているプライベート空間(のつもり)だ。が……ただの講義室だし、借りもあるし、断る理由も……。んー……。

「ダメかな」

 俺の思考回路を知ってか知らずか、とにかく遮って彼女は言葉を続ける。断れないだろ、これ。強がれないです。

「まあ、好きにすればいいんじゃないかな」

 折れた俺。よええ。よええよ。

「ありがとー!」

 少し口調を明るくして、彼女は答える。残念ながら俺の日常が変わった。気を取り直して、今度は英語の参考書を開く。なんだか照れくさくて、イヤホンで世界を切り離す。こういうところで強く出られないから、流される前に人から離れんのかな、なんて。俺は数秒思案を巡らせて、再び机を睨みつけた。
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1980/01/01
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 とある土地で生まれてからずっと暮らしている理系のくせにネットが苦手なニート。たぶん、理解力云々よりも根本的に興味関心が薄いせいなんだと思うんだ….
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