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2008/09/05 00:00
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 大学祭用の原稿です。長いんで、とりあえず2つにわけてのっけます。
さすがに一つくらいのせないとね^^;

   焦がした空

                代理タガー

 喉が渇く。全身の細胞がただひたすらに水分を求め、俺の脳に信号を送る。微弱な電流を感じるほどにその思いは強い。

「マジかよ」

 そんな俺には生憎、神はついていないようだ。長年勤めたバイトをクビになり、街を漂う俺にそんな欲望を満たす金は残されていなかった。手元に残るのは、家に戻るのに精一杯な小銭。

 何をしていたのか、実はよく覚えていない。いや、思い出せないだけなのか。頭を蒸発させるような暑さがただただ俺の思考回路を破断する。朝日が、眩しい。

 そして太陽から逃げるように、俺は喫茶店の扉を開けた。

 

「いらっしゃいませー」

 涼しい空気と空間が俺を包む。細胞の叫びを抑え、全身に落ち着きをもたらす。ここはオアシス。

「おひとりさまですかー?

「はい」

「こちらへどうぞー」

 語尾を伸ばす女性店員。高校生だろうか、元気な姿が眩しい。店内は割と混んでいた。俺のように皆暑さから逃げてきたのだろう。カウンター席の隅に通された。

「こちらがメニューになりますー、ご注文がお決まりになりましたらお呼びくださいー」

 これから歩いて帰るのだ。せめてもの楽しみに、注文は彼女にとってもらおう。メニューに目をとおす。

 数分。

 アイスコーヒーにしよう。レイコーと言って通じるか試してみようか。くだらないことをしてみたい。意味なんてない。

 変に浮かれた心を静め、さっきの店員を探す。右、左。

「……いない」

 時計に目をやる。午後3時。バイトは終わりか。そういえば、頭の片隅に「お疲れ様ですー」の声が残っている。しまった。

「俺のレイコー……」

 意味無く漏らした一言に

「はい?

 席を一つあけた先の、女性が振り向いた。

 

「えっと……」

 予想外の事態に驚く。いや、理由はわかる。この女性の名前なのだろう。ただ、俺はこの後なんて言えばいい? 「ああ、すいません、レイコーってアイスコーヒーのことです」なんて馬鹿正直な言い訳をして失笑を買わなければいけないのか? どうする、俺。そんな中、どこぞのコマーシャルを切り裂く一言。

「ああ、ごめんなさい、私の名前が聞こえたからなんだろう。と思って」

 ここまでは予想通りだ。

「お一人でくつろいでいらしたのにごめんなさい」

 ここまでも予想通りだ。

「レイコーってアイスコーヒーのことですよね、ごめんなさい」

 ここまでは予想通りじゃない。思わず口を挟む。

「ずいぶんと古い言い方をご存じなんですね。ひょっとしてストッキングをナイロンとか言う人ですか」

「さすがにそこまでは……聞いたことはありますが。と言うか、それを言うならあなたこそ。」

 見たところ、年は俺とあまり離れてないだろう。二十歳を二つか三つ過ぎたところではないだろうか。長身で黒の長髪。素直に美人と言える部類の女性だ。これは幸運かもしれない。

「古い言い方、お好きなんですか」

 彼女が一言。

「そういうわけでは……ありますね。親の影響もありますが」

 これは話が弾んでくるかもしれない。そんな俺のささやかな期待を断ち切るように声が響いた。

「お客様、ご注文はお決まりですかー?

 現れたのはさっきの女子高生。だが、彼女への興味はもはや薄れてなくなっていた。

「アイスコーヒー」

「かしこまりましたー。少々お待ちくださいー」

 ああ、これで俺のレイコーにありつける。

「レイコー、お好きなんですね」

 レイコさんがまた振り向いた。

「はい、夏と言えばレイコーでしょう」

「そうですね。でも、アイスティーも美味しいですよ」

「では今飲んでいるそれはなんですか」

「これは、ウーロン茶です」

 ……なんだろうこの人は。よくわからない。

 とりあえず、まずは一口。

「……うまい」

「なんだかオジサンみたいですね」

「これでもまだ二十歳なんですが」

「あら、私と同い年かと思いました。ふふ、じゃあ私のほうが三年ほどお姉さんですね」

 お姉さん、その一言が妙に響いた。

「では私はもう行きますね。それではまた」

「ええ、また」

 わずかな出会いに「また」とはこれいかに。そんな妙な疑問を残して俺はレイコーが尽きるまで涼しげな空間を味わった。

 

   *

 

「暑い」

 また今日も、炎天下の街を歩く。夏の間を無駄に過ごすことはまた始まる大学生活での死を意味する。金欠は、やばい。

 街に昼でも夜でも、雨風にさらされ置き去りにされた中の電柱の張り紙から。どうにか俺は新しい働き口の面接を取り付けた。安くたって働ければいい。それは、数日前訪れた喫茶店。

 過去を繰り返すかのように、俺はオアシスへと向かう。昨日は気づかなかったが、外観はかなり年季が入っているようだ。古めかしいレンガの外壁は東京駅のような歴史を感じさせる。きっと今触れたこの扉も、多くの人生に触れてきたのだろう。

「失礼します、先ほどお電話しました大澤ですが」

「はーい、お待ちしてました」

 カウンターの奥から一人の女性が現れる。長身で、長い黒髪を後ろで一つに束ねたポニーテールが眩しいレイコさん。

「え」

 情けない言葉が漏れる。しかし、予想外な出来事なのだから多めに見てほしい。状況を整理してみないか。以前会った彼女は確かに一人の客だった気がする。

「あら、あなたはこないだのお客様」

 疑問を解決するべく、思いを言葉にする。

「レイコさんはお客様ではなかったのですか」

「こないだまではお客様でした。でも、今日から女主人です。うーん、女主人って格好いい響きだと思いませんか」

 やっぱりよくわからない。

「では、今日からお願いしますね」

「え」

「制服は貸し出すので、それを使ってください。洗濯はご自分でお願いしますね。では、よろしくお願いします。」

「あの、面接は」

「ああ、自己紹介がまだでしたね。私は水澤玲子。」

「あの、……大澤俊一です」

「では大澤さん、簡単にですが接客の仕方から始めましょうか」

 よくわからないけど、強引な人だ。開店まで細かく仕事内容を説明される間も流される状況が変わることはなかった。

 

  *

 

 アルバイトの時間は快適だった。現れる客は皆以前からこの店に通っているような常連客ばかり。新たに現れる客もまた、この店の雰囲気を感じ、同じような行動をとる。まるで毎日が同じ日の繰り返しであるかのように、それぞれの「いつもの」を体に流し込む。

 俺もまた、同じ場所、同じ時間に同じものを客のもとへと運ぶ。勘定の際に受け取る金額も、同じ。

 そして今日も、閉店の時間を迎えた。

「お疲れさまです」

「お疲れさま、大澤さん」

 営業の後片付けをしながら言葉を掛け合う。そこにはいつもの仕事を終えた後の妙な沈黙。疲労もそこにはあるのだろう。が、今日はどうしても訊いておきたいことがあった。

「玲子さん、前から訊きたかったんですが、どうして喫茶店をやっているんですか? まだそんなに若いのに、普通の企業に勤めようとは思わなかったんですか?

 別に、深い理由がそこにあったわけじゃない。それでもただ、前から抱えていた疑問をぶつけるには今しかない気がした。

「私ね、この店の娘なの」

 そうなのだろう、と思っていた答えだった。

「実はね、大澤さんが来る日を最後にお店を閉めるつもりだったんだ。お父さん。」

「なら、なんでまた急にお店を継ぐ気になったんですか」

「お店がなくなっちゃう前にね、お店をお客さんとして感じてみたくなったの。そしたら、どうしようもなくこのお店が愛おしくなっちゃったの。このお店をなくしたくない。そう思ったらもう、止まらなかった。」

「それにしてもすごい行動力ですね、いろいろ大変だったでしょうに。ノリでできることじゃないですよ」

「確かに大変だったけど、常連さんや、あのときの大澤さんみたいな人のために頑張りたくなったんだ。やっぱり今振り返ってもこのお店を継いでよかった、って思うよ」

「そうだったんですか……」

「それにやっぱり、レイコーが好きだから」

「喫茶店っていったらブレンドじゃないんですか? それに、初めて会ったときはウーロン茶飲んでたじゃないですか」

「そうかもね。でも確かに、ウーロン茶も好きよ」

「最初に会った時も疑問でしたが、なんでウーロン茶がメニューにあるんですか?」

「お父さんが好きなの」

 ……やっぱりよくわからない。

「ところで、玲子さん」

 よくわからないけど、今なら、言える気がした。

「はい?」

 いつものように玲子さんは返す。

「俺もレイコー、好きですよ。」

 俺は最後のテーブルをふき終わる。

「知ってますよ」

 玲子さんも拭き掃除を終える。

 そして俺は、持っていた布巾をテーブルに置いて、玲子さんのいる方向へと振り返る。

「でも、玲子さんはもっと好きです」

 黒い長髪をなびかせて、彼女は振り向く。

「それも、知ってますよ」

 振り向いた彼女はいつもの笑顔で。

「今度、どこかへ行きませんか」

 いつもと変わらぬ口調で。

「映画とか、いいですね」

 だけど、ちょっとだけ眩しかった。

 

 *

 

 夏が終わった。それでも、大学生活が始まったあとの俺と玲子さんの関係はそのままだった。週の決まった曜日に店を手伝う。それはときに忙しくて大変だったけれども、楽しい時間でもあった。安時給とか、どうでもよかった。

 時々出かけたり、映画を見たり、買い物をしたり。働いているときの彼女は眩しくて、ふと目が合うときに、自分の心がとても穏やかになるのを感じていた。

 でも、時折見せるさびしそうな顔を見せることにも、この時期に気づき始めていた。

 

「俊一さん、少し肌寒くなってきましたね」

「そうですね、もうじき冬になりますから」

 閉店後に交わす会話もいつしか日常になっていた。気づけば日暮れの時間も早くなり、店内にも暖房器具を用意してある。

「クリスマスとか、何か予定はあるんですか」

「突然、随分と先の話ですね。まぁ、交際相手がいるのに予定があったらいけない気がするのですが」

「ごめんなさい、クリスマスもお店を開けるつもりなんです」

「なら、俺も働けばいいじゃないですか」

「いえ、その日はお客さんでいてほしいんです」

「どうして」

「ダメですか」

 なんだというのだろう。ただ、断る理由もない。

「わかりました」

 少し拗ねた口調で返してみた。

「ありがとう」
返ってきたのは笑顔だった。

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 とある土地で生まれてからずっと暮らしている理系のくせにネットが苦手なニート。たぶん、理解力云々よりも根本的に興味関心が薄いせいなんだと思うんだ….
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