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2008/09/05 00:00
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 のこりはんぶん。次いってみよー。

 秋が来て、去っていった。冷たくて、寂しい風が街に吹く。気が早いイルミネーションが街を彩る。寄り添い歩く男女が増えたのもきっと錯覚ではないのだろう。雑誌もテレビも、楽しげな話題で盛り上がっている。

 やっぱり俺の日常は変わることなく、ただ過ぎていった。

 

 雪が降っている。街も、人も踊っているようだ。まるで昼間のように明るい世界。その中を、歩く。擦れて味が出た扉に手をかけ、今日は客として店内に入る。ほどよく暖房の効いた店内は冷えた身体を包みこむ。

「いらっしゃいませー」

 語尾を伸ばす彼女が迎えてくれた。

「どうぞこちらへー、お席をご用意しておりますー」

 予想外の返しに疑問符を浮かべているうちに、カウンターの隅へと通される。

「ご注文はレイコーでよろしいですかー?

「あ、はい」

 全然よろしくなかったが、不意打ちに流されてしまった。こういうところがダメなんだろうな、なんて窓の外を眺めていると語尾を伸ばす彼女が戻ってきた。しかも待て、レイコー?

「ご注文のレイコーになりますー」

 レイコーが目の前に二つ置かれ、そして隣の席に見知った影。

「たまには自分の店に客で来るのもいいと思わない?

 隣の席に、玲子さんが堂々と座っていた。

「素直に働いた方がいいと思うのですが」

 にやける顔を押し殺して冷静を装い返してみた。

「大丈夫、今日は一日マスターに任せてあるから」

 そういえばカウンター内に見知らぬ初老の男性の姿。まさか。

「玲子さんのお父さんですか?

「そう」

 俺の声が聞こえたのか、一日マスターが振り向いて一言。

「はじめまして」

 不意打ちは、一つでいいと思う。

 

 *

 

 余ったグラスの中の氷をかみ砕く。店は閉店の時間を迎える。店内に残ったのは俺と、一日マスターと、玲子さん。女子高生の店員さんは早いうちの帰っていった。

 と、妙な沈黙を破る声が響いた。

「じゃあ、父さんは帰るから」

「今日はありがとう、お父さん」

 彼は厚手のコートを身にまとい、「メリークリスマス」の一言を残し眠らない街へと消えていった。

「「メリークリスマス」」

 重なった返事に返答はなかった。

 

「今日はありがとう、俊一さん」

「いえ。それにしても、驚きました。シャレですか?」

「ダメかな」

「いえ。とても、よかったと思いますよ。それにしても、突然どうして」

「祝いたいのと、驚かせたいのと。話したいことがあったんだ」

 話したいこと。

「ありがとうございます。きっと今までで最高のプレゼントでした。まさにサプライズでしたね。でも、話したいことってなんですか?」

 話したいこと。

「実はね、前から言おうと、思ってたんだ」

 聞いちゃいけない気がした。でも。

「なんでしょうか」

 止められなかった。

「私たち、仲いいわよね」

「そうですね」

「俊一さんは、今、大学生よね」

「はい、残り一年となりましたが」

「大学を出たら、働くのでしょう?」

「生きていくつもりですから」

「どこかの会社よね」

「そうかもしれません」

「私はこの先も、ずっとここで喫茶店をやっているわ」

「そうでしょうね」

「私、この喫茶店が大好きなの」

「そうですね」

 これが、玲子さんの話したいこと。

「私は、この店を守りたいからここにいたい」

「はい」

「それは、私の夢なの」

「はい」

「でもこれは、私のエゴなの」

「はい」

「だから私は……」

「この店をともに担ってくれる相手がいい、と」

「……」

「選べ、ってことですか」

「ごめんなさい、でも、いつか、言わなくちゃいけないことだったから……。ごめんなさい、最初に言うべきだったのに」

「そうかもしれませんね、でも、そうでないかもしれません」

「最初に言ったら俊一さんはどうしてた?」

「わかりません。でも、心は揺らいだと思います」

「やっぱり、そうよね……」

「それで、俺に、どうしてほしいですか」

「明日もお店を開けるつもり。だから、もし、これからも一緒にいてくれるなら、明日、ここに来てほしいの」

「随分と急な、難しい選択ですね」

「ごめんなさい、自分勝手で……」

「しかも、僕の未来が変わりますからね。本当に勝手です」

「ごめんなさい……」

 きっとずっと悩んでいたのだろう。辛いことがいずれ来るとわかっているのなら、いっそ今ここで。終わらせるなら、きれいな形で終わらせたいと思ったのかもしれない。

「わかりました。では、僕はもう行きますね」

「……」

 珍しく感情を露わにした玲子さんの眼は、潤んでいた。

 扉の前で、彼女は俺を見送る。そんな彼女に振り向く。外は真冬の世界が広がっていて、すぐに頬の熱を奪った。

「おやすみなさい」

 重苦しい空気を断ち切るかのように、俺は吐き出す。

「……おやすみなさい」

 玲子さんの言葉を受け取り、浅く積もった白い絨毯の上に歩みだす。振り向きは、しなかった。コートをはおった背中に、悲しい声が聞こえた気がした。

 

  *

 

 朝。乾いた空気は喉を焦がす。私は店の前の雪をかく。

「……ふう」

 慣れない力仕事に凍みる寒さのなか汗ばむ。吐き出した一言は白く残ってすぐ消えた。

 夕べは、あまり眠れなかった。短い物語の終焉を自ら招いたのだ。その寂しさも、ひとしおだった。重い決断だ。まず間違いなく、彼が来ることはないのだろう。だから、今日の手伝いには彼女にすでに頼んである。

「……ふう」

 するべきことを終え、今度は店内の準備にかかる。まだ中は寒い。暖房器具に火を灯す。無駄に早く来てしまったせいか、なんだか室内が物悲しい。ただ機械的に作業をこなす。

 日が少し高くなり、わずかに街が賑やかになってきたころ、戸を開く音がした。

「おはようございますー」

 彼女がついたようだ。

「おはよう、今日はよろしくね」

「いえいえー、じゃあ着替えてきますねー」

 やはり、彼は来てくれなかった。だが、仕方ないことだ。どう考えてもこの短時間に決めるには重すぎること。そもそも期待なんてしていなかったじゃないか。夕べも自分に何度も言い聞かせた言葉を繰り返す。さあ、今日も元気に働こう。

「では店長―、今日も頑張っていきましょうー」

 気の抜けた言葉に返す。

「「ええ、頑張りましょう」」

 彼女の言葉に返して、振り向いた先。そこで立ち止まる。

「どうかしましたか、玲子さん」

 昨晩あれほど聞きたかった声の主がそこにいた。

「どうして……いつのまにそこに……?」

「ドッキリさせられましたからね、その仕返しに。こっそり入るのは苦労しましたよ。まあ彼女に手伝ってもらいましたが」

「でも……でも……」

 声が、言葉が続かない。視界がにじむ。止まらない。

「まあ、どのみち独立して何かをするつもりでしたからね。その予定が少し早まっただけです。大したことじゃありません。あ……これは嘘ですね。すごく大したことです。でも、玲子さんと離れることの方がずっとずっと大したことですから。ああ、もちろん大学は卒業しますよ?ご心配なく」

「俊一さん……」

 たくさん言いたい。でも、言葉が出てこない。力を振り絞る。

「ありがとう……」

 それでも、これ以上は出てこなかった。

「あーあ、来ただけで帰るのかー。大澤さん、手伝ったんですから温かいブレンドの一杯くらいおごってくれますよねー?」

 感動的な沈黙を破る彼女の一言。

「そうですね、じゃあ、そのあたりに座っていてください。すぐにお持ちしますので」

「ありがとうございますー」

 そう言って彼女は、私たちから一番離れた席に座った。

「本当に……ありがとう……」

「本当ですよ。何せ一晩で自分の進路を決めろって言うんですから。酷い話です。おかげでこれから親に大目玉をくらいにいかなければいけません。そのくらいつきあってくれますよね?」

「もちろん……うん……」

 しまった。こっちの事態は考えてなかった。

「さて、今日のお客様も早速いらっしゃったようだし、今日のお仕事を始めましょうか、玲子さん」

「そう……ですね。はい」

 不意に現実に引き戻された。それでも、まだ心の動揺がおさまらない。手が震える。どうしようもなく嬉しい。頭がまとまらない。そんな私に気づいたのか、彼が笑って呟く。

「大丈夫ですか、ほら、こっちを向いてください」

「え……うん……」

 何をされるのか。たいして考えず彼にとりあえず振り向いた。そしてそのすぐ先に、彼の顔があった。気づいたときにはもう遅かった……今日は本当にもう……やられた。

 

 *

 

「店員さん、すいませんー」

「はいー、今行きますー」

 最近夏っぽくなってきたかなー? ってころ。初めてのお客さんかな?不思議そうな顔をしているお兄さんに声をかける。

「どうかされましたかー?」

「この店長オススメの『レイコー』って何ですか?」

「あー。アイスコーヒーのことですー。よく訊かれるんで、ほら、端っこに書いてありますよー?ほらー」

「あー本当だ。すみません。でもどうしてですか?」

「えっとー、それはー、ウチの店長夫婦、アイスコーヒーが大好きなんですけど、どうしてもそれをレイコーって呼びたいからそうしたんですー。いちいちめんどくさいのに変ですよねー」

「へえ……そうなんですか。不思議な人ですね……。でも、せっかくそんな話をきいたんですし。じゃあ、すいません、その『レイコー』ひとつください」

「かしこまりましたー、少々お待ちくださいー」

 

 カウンターに戻って、店長に注文を伝える。

「店長―、3番テーブルにレイコーひとつー」

「了解」

 慣れた手つきでレイコーを作る。キンキンに冷えたグラスの中のレイコーは見ているだけで涼しげで。そして店長はそれをお盆にのせ、わたしに手渡して一言。

「はい、レイコー、ひとつ」
 やっぱり他の注文よりうれしそう。ムカツクなあ。なんてフキゲンなわたしを、玲子さんがたのしそうにながめていた。

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